「友達」~コウタイと過ごした11年2ヶ月~

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

2018年4月19日、「飼育」の日。
2007年2月から飼い続けてきたコウタイが、天国へ旅立った。

2週間くらいから調子を崩していて、正確に言うと、愛魚を残して単身赴任中のぼくのところに妻から「なんだか様子がおかしいよ」っていうLINEが毎日のように来ていて。

寿命を考えると、(そろそろかな……)と、内心、覚悟はしていたんだけれど。
この週末に帰省する予定だったから、せめて最期に会いたかった。

「彼」と出会ったのは、2007年2月。
当時アルバイトしていた熱帯魚店での最終勤務日、手渡されたバイト代で購入した1匹。
(ちなみに、お値段¥700。この11年間でこの魚に費やした餌代、電気代、その他もろもろ……のほうが高いよね。魚の価値は値段じゃない)

その直後にぼくは仙台に移り住んだ。
当然、コウタイくんも連れてきた。
仙台で過ごした11年間、「彼」はずっとそばにいた。就職も、結婚も、人生の節目節目を、「彼」は静かに水槽の中から、見つめてくれていたんだなぁ。

(最期まで性別が分からなかったので、正確に「彼」と呼んでいいのかは分からないけれど。)

(学生時代に住んでいた6畳ワンルーム。右下の水槽が「彼」の家。)

2011年3月11日も、仙台で迎えた。
震災のあったあの日、出張先から夜中に戻った僕を「彼」は恨めしそうな顔で、冷え切った水温7℃の水中からこっちを見ていた。

4日間続いた停電で、ほかの魚はみんな死んでしまったけれど、「彼」だけはなんとか生き延びた。我が家で唯一の、震災生き残り組。

やんちゃ坊主で暴れん坊で、そのくせ愛嬌者だった。
1匹の魚をこんなにも長く飼い続けたのは、初めてだった。
飼育魚に過度に感情移入するのは好きではなくて、一回も飼っている魚に名前なんかつけたこともないけれど、「彼」は間違いなく、我が家の家族の一員だった。

11年と2ヶ月。
「彼」の生涯が幸せだったのか、それは誰にも分からないけれど、飼い主のエゴかもしれないけれど、きっと天寿を全うしたのだと信じたい。

「魚を飼う」ということの楽しさを、改めて教えてくれた。
何百匹と魚を飼ってきたけれど、まぎれもなく特別な1匹。

飼っていた魚が死んで泣くのは、ずいぶん久しぶりだな。
これが「終生飼育」するということなんだよな。
目の前の1匹と向き合い、死ぬまで大切にする。
「飼育者」としてアタリマエのことを、改めて思い知る。

「彼」と出会ってから11年経って、その間にぼくは24歳から35歳になって、ズルいことも汚いことも覚えてしまったけれど、「魚を飼う」ということにだけは、これからも誠実に向き合っていくよ。

ずっと忘れない。
ありがとう。安らかに。

スポンサーリンク
写真素材のピクスタ

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする

Copyrighted Image