10年半待ったよ、おかえり、ELLEGARDEN。

もう一つの趣味の、音楽(ロック)の話。

本当はこのサイトで水族館や魚や写真のこと以外を書くつもりはなかったんだけど(これからもないんだけど)、ぼくがWEB上のどこかに何かを書き散らかそうとすると今のところこの場所しかないので、全然関係ない話を今回だけさせてください。

2019年3月18日。ぼくにとって一生忘れられない1日が、また一つ増えた。

■Remember me I was around.

(小章タイトルはMONOEYES「Remember me」より。)

「ELLEGARDEN」というロック/パンク/メロコアバンドを、10数年前、ちょうど20歳くらいの頃に知った。
大学の先輩にアルバム「Pepperoni Quattro」を借りて自室で再生した瞬間の初期衝動は今でも忘れない。当時の僕にとってインディーズバンドがライブをするようなライブハウス(例えば札幌PENNY LANE24とか、函館FRIDAY NIGHT CLUBとか)は未知の世界だったし、当時はYouTubeもLINEミュージックもまだなかったので、CD音源だけを何度も聴きつづけた。
(その後、初めてライブを見ることができたのは2007年のアラバキロックフェス、ライブハウスで見ることができたのは2007年9月のZEPP SENDAIだった)

ー 20歳過ぎの、いま思えば笑っちゃうようなことで悩んでたときも。
ー 人生初の失恋も。
ー 卒業論文を書くために研究室に泊まり込んだ夜も。
ー まるで交通事故のように大学留年が決まったときも。
ー 東京(実家)に戻りフリーター生活だった大学5年生の1年間も。
ー 自分は何者にもなれないんじゃないかって悩んだ大学院生活の日々も。
ー もちろん、就職活動で面接に向かう道すがらも。

彼らの音楽は、フラフラと手探りで日々を歩いてた20代前半のぼくにとって、薄暗闇を照らす光だった。

そして忘れもしない2008年5月2日。
ぼくがようやく就職内定をもらう日の、ちょうど10日前。まるで図ったようなタイミングで、まるで目の前を照らしていた明るい光がフッと消えるように、ELLEGARDENは活動休止を発表した。

そのあとの10年間、悩んだり迷ったりしながらも社会人生活を続けて、その間に仙台で東日本大震災に遭ったりなんだかんだで結婚して家庭を持ったり、その節目節目で、ぼくのそばにはいつもELLEGARDENの音楽があった。そして、Vocal/Guitarの細美武士は、被災後の東北に何度も何度も足を運んでくれた。

その、ぼくにとってはまるで絶対神のようなロックバンドが、半年前の2018年8月、ついに活動を再開した。

活動再開ツアーの3公演のチケットは、最後まで手に入らなかったけど。

■Remember you are still the same.

改めて、2019年3月19日。
シカゴ出身のロックバンド「ALLiSTER」のJAPANツアーファイナル。東京・新木場STADIO COASTのゲストバンドに、ELLEGARDENが出演した。それも、3日前まで公表されないというほぼシークレットゲスト的な扱いで。

ALLiSTERというバンドも、そのVocal/BaseのScott Murphyもぼくは好きだったので、ELLEGARDENの出演が決まる前から、チケットは元々確保していた。
チケットを絶対になくさないように、まるではじめておつかいに行く子どものように握りしめ、ぼくは新木場駅に向かった。半年前の活動再開ライブでは最後まで諦めきれなくて奇跡を信じて歩いたライブハウスまでの道が、「チケット譲ってください」のボードを持って雨のなか立ち尽くした新木場駅前が、あのときとはまるで違って見えた。

ロッカーに荷物を入れ、入場列に並び、ライブハウスに入場する。2007年9月にZEPP SENDAIでELLEGARDENのライブを見たのだけれど、気持ちはまるでそのときのまま。そこに10年半の間のいろいろな想いが上塗りされていたけれど。

ライブ開始前のSEが鳴りやみ、照明が暗転する。一気に沸騰するフロア。
ゆっくりと、ステージ後方に「ELLEGARDEN」のSKULL柄のドロップ・カーテンが降りてくる。そして、メンバーの4人がステージ上へ。

この光景を、ずっと待ち望んでいたんだよ!!

1曲目はまさかの「NEW YEAR’S DAY」(シングルのC/W曲で、アルバム未収録なのだ)。「45号線をドライブして新年の花火を見に行こうぜ」って歌詞。国道45号線といえば仙台から仙台港へ向かい、そのまま三陸沿岸を走って青森県まで繋がる道だ。東北で過ごしたいくつもの思い出がフラッシュバックして、気がつけばぼくはもみくちゃのモッシュピットにいた。

そこから先は、まるで爆発だった。

4曲目「Supernova」ではしゃぎすぎて右のスニーカーがどっか飛んでいったけど。暴動みたいに沸き立ったフロントエリアで裸足のまま、右足めっちゃ踏まれて痛いけど。そんなことでこの天国から脱落する訳にはいかないでしょう!

(この曲でライブハウスがどんなふうになっちゃうか、ぜひ下のYouTubeをご覧ください。ハコも同じ新木場STUDIO COASTです)

5曲目「No.13」。
「お前は夢を追ってどっか行っちゃうけど、俺はずっとここで待ってるよ。手ぶらでもいいからいつか帰っておいで。」って歌詞だ。ほんと、ずっと待ってたんだぜ。
(まだ学生だった頃、夢を追って海外留学しちゃった当時の彼女を空港で見送りながらずっと聴いた曲でもあるんだけど 笑)

8曲目「ジターバグ」。
学生時代、進路に迷ったとき。悩み続けた就職活動。就職して数年後、本気で転職を考えそうになったとき。ぼくが悩んだり迷ったりしたとき、遠回りしてしまったとき、現実に飲み込まれそうになったとき、何度も何度も再生した曲だ。暗闇を切り裂いてくれた曲だ。

ラストの10曲目。「Make A Wish」。
イントロが始まるとともに、感情を抑えきれなくなった人が1人、また1人とリフト(肩車)されてそびえたつ。ふと前を見ると、見知らぬ男の子が肩車されたまま、顔を真っ赤にして本気の号泣をしていた。周りみんなで下から支えながら、背中をそっと叩く。きっと、「分かるぜ、俺も同じ気持ちだぜ」って思いを込めながら。なんだかとんでもなく美しい光景だった。
ふと、後ろから頭をつかまれる。別の女の子が同じようにリフトされていた。バランスを崩さないように支え役になる。最初気付かなかったのだけれど、その子は片腕の肘から先がなかった。そのことに対する差別意識もないし行き過ぎた偽善的な思いやりもない。だけど、リフトやクラウドサーフは体力自慢の男でも油断すれば床に叩きつけられる危険行為だ。(たいていのフェスやライブハウスで、厳格さの差こそあれ禁止行為とされている)
きっと込み上げてくる思いが、彼女を駆り立てたのだろう。ただただ、その勇気と衝動に胸が揺さぶられた。

ELLEGARDENのライブが終わり、脱げて飛んでった右足のスニーカーをライブハウスの受付で探している間に、メインアクトのALLiSTERのライブが始まってしまった。ツアー初日の千葉LOOKで聴いた「Radio Player」と「5 Years」をもう一度モッシュピットで聴きたかったんだけど、仕方ない。前の方に行くのは諦めて、フロアの最後方でラムコーク飲みながら、ちょっとおとなしめにライブを楽しんだ(だけど、音自体は後ろの方が綺麗に聴こえるんですよね)。

ふっ、と横を見ると、ほんの3mほど向こうの関係者席でELLEGARDENの細美武士がライブを見ていた。片手にビール缶持って、2階席から半身を乗り出すようにして。ALLiSTERの演奏中は真剣な表情で、でも曲が終わると拳を振り上げたりScottとTimのMCにはじけるように笑ったりしながら。
ELLEGARDENとALLiSTERは12年前に日本でツーバンツアーを決行し、そして今では両バンドのフロントマン同士がMONOEYESというバンドを結成している。そんな彼らの絆と友情を垣間見たようで、なんだかこっちまで心の底から笑顔になった。

アンコールは両バンド全員総出での、12年ぶりの即席バンド「Death By Fondue」。
どこまでも続いてほしいような楽しすぎる時間。ライブの終盤はいつもそれが名残惜しくて、終わってほしくなくて、99%の楽しさに1%だけ寂しさが残ってしまうのだけれど、この日はもうほんとにお腹いっぱい。楽しさ100%。

月並みだけれど、10年半止まったまま待ち続けた時計がようやく動き出した。この日からまた、ELLEGARDENとの新しい毎日が始まる。

ぼくらはまた、今日を記憶に変えていける。

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