【小笠原旅行記】外来種について考えたこと①カタツムリたちの島

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楽しすぎた年末年始の小笠原旅行。

小笠原旅行・第6日目。いよいよ、帰りの「おがさわら丸」乗船日です。名残惜しい気持ちをぐっとこらえて、最後まで父島の海を満喫しました!イルカも見れたよ!

けれど単純に「楽しかったー!」というだけではなくて、生き物や自然が好きだからこそ、考えさせられることがたくさんありました。その一番のトピックスは、外来種に関すること。

(※わたしはカタツムリ(陸産貝類)の専門家ではないため、今回の旅行中やその後に聞きかじった知識で大変恐縮です。もし間違いや足りない記述がありましたら、ご指摘いただければ大変幸甚です)

■小笠原が世界自然遺産になった大きな理由・カタツムリ。

2011年に、世界自然遺産に登録された小笠原諸島。その大きな理由はサンゴ礁の美しい海やイルカやクジラではなく、陸地に住むたくさんの固有種たち。

小笠原は、島ができて以来いちども大陸と繋がったことのない「海洋島」。世界的には、南米のガラパゴス諸島なんかが有名ですね(ほかには、ハワイ諸島も実は海洋島)。小笠原諸島の場合は約5000万年前に火山活動の結果、島ができたのだそうです。

こうしてできた島に、どうやって生き物が住み着いたのか。方法としては、
① 鳥に運ばれてくる
② 波に乗ってくる
③ 風に運ばれてくる
の主に3通り。「Wing(鳥の翼)」「Wave(波)」「Wind(風)」の「3W」とも言われます。

必然、海を渡れない生き物(多くの哺乳類や、浸透圧の関係で海では生きられない両生類、淡水魚などなど)は島にたどり着くことができない、って訳です。

そんななかで、おそらく流木にでも乗ってきたのか、遥か昔(300万年前とも)にある1種のカタツムリが小笠原諸島に偶然、流れ着きました。そして外敵や競争相手のいないこの島で独自の進化・種分化を遂げたのです。その結果、たとえば「カタマイマイ属」という仲間は合計22種(絶滅した種も入れると32種)。世界中で、ここ小笠原諸島にだけ生息しているカタツムリです。(「硬い殻をもつからカタマイマイ」らしいです)

カタツムリ以外にも、鳥類や昆虫類、植物などたくさんの固有種が生息する小笠原ですが、世界自然遺産への登録の最後の決め手となったのは、このカタマイマイ属をはじめとする陸産貝類(カタツムリ)なのだそうです。

このカタマイマイ属を含め、小笠原諸島にはおよそ106種の陸産貝類が生息していて、そのうち実に90%以上が固有種、つまり世界中で小笠原諸島にしかいない種類なのです。

(植物にも、固有種が多い。左側の大きな木は、大型のシダの仲間「マルハチ」。)

■カタツムリたちを襲った、外来種の悲劇

そんな、世界中でここでしか見られない貴重なカタツムリたち。ところが、1980年代の後半くらいから、小笠原諸島のメインの島である父島から急激に姿を消してしまったのだそうです。

その大きな理由は「ニューギニア・ヤリガタリクウズムシ」という生き物。聞き慣れない名前の生き物ですが、「ウズムシ」という生き物の仲間です(いわゆる「プラナリア」の仲間)。ニューギニア島原産で、ヤリのような形をした陸に住むウズムシだから、「ニューギニア・ヤリガタリクウズムシ」。

今回は幸か不幸かその姿を見ることはできませんでしたが、WEBで検索すると、黒くてミミズとヒルの中間のような姿をした生き物です(漫画「寄生獣」で宇宙からやってきた、人間に寄生する前のパラサイト生物の姿によく似ています←分かる人にしか分からないたとえ)。

この「ニューギニア・ヤリガタリクウズムシ」は「肉食プラナリア」とも呼ばれることがあり、肉食性で主な食べ物はカタツムリ。それ以外にもミミズや節足動物も食べる、地上に潜む小さなハンターです。(基本的には地上性だけど木にも登れる、だから樹上性のカタツムリも餌食になっているそう)

ここ小笠原には樹木の苗にまぎれて偶然に入り込んだ、という説が有力だそうです。ちなみに海外のハワイやグアムでは、同じく外来種の「アフリカマイマイ」の駆除のため人為的に持ち込まれ(いわゆる「生物農薬」)、その結果デカくてパワフルなアフリカマイマイより襲いやすい固有種のカタツムリを食い荒らす、という負の連鎖を生んでしまっているそうです……。

■駆除するのはほぼ不可能、懸命の「水際作戦」。

この肉食プラナリア「ニューギニア・ヤリガタリクウズムシ」の大きさはおよそ4cmから7㎝。まぁミミズくらいの大きさです。この生き物が、いまではここ父島のほぼ全域に広まってしまっています。

そんな小さな生き物(ウズムシとしては大型種ですが)を、こんな鬱蒼と広がる森の中からすべて駆除するのは、現実問題としてほぼ不可能。カタマイマイ属をはじめとして元々父島に住んでいた固有種のカタツムリたちは次々と絶滅、あるいは絶滅寸前の危機に追い込まれているそうです。

現在、唯一できる対策は「ニューギニア・ヤリガタリクウズムシをこれ以上持ち込まない・広めない」こと。

ニューギニア・ヤリガタリクウズムシは酸に弱いため、保護区域の森林に入るときには酢(木酢液)を靴裏にスプレー。さらにブラシで靴底の泥をよく落とします。ニューギニア・ヤリガタリクウズムシだけでなく、外来種の植物の種子や虫類の侵入を防ぐためでもあります。

ニューギニア・ヤリガタリクウズムシの侵入が確認されているのは、今のところ父島だけ。付近の島々に持ち込まないよう、必死の水際作戦が続けられています。ははじま丸に乗って母島に行くときは、乗船前と乗船後に靴底の泥落としが義務付けられています。

我々は今回上陸しませんでしたが、無人島の南島に渡る際には上陸前に靴底を海水で洗う(ニューギニア・ヤリガタリクウズムシは、浸透圧の関係で海水にも弱い。いわゆる「ナメクジに塩」。)というルールも定められています。

母島や、父島のすぐ北隣にある兄島には、ノヤギによる植物の食害やクマネズミによる食害を受けながらも、まだかろうじてこれら固有のカタツムリが生息しているそうです。ニューギニア・ヤリガタリクウズムシの侵入をどうにかして防ぎ続け、父島ほどの壊滅的な状況に至らないことを、心から祈っています。

■エコツアーに参加して、改めて感じたこと

今回、ぼくは4泊5日の小笠原滞在のうち2回、ガイドさん付きのツアーに参加しました。小笠原の自然のことや環境問題の現状を教えてくれる、いわゆる「エコツアー」です。
(前回:2005年に小笠原に行ったときは、1カ月もいたのにこの手のエコツアーにはほとんど参加せず。世界遺産登録前で「エコツアー」ということ自体が今ほど盛んではなかったのかな、と思います。ぼく自身が、当時は陸の生物に興味を持っていなかったということもあるけど。もったいないことをした!!

山歩きのツアーから帰る車の中で、ガイドさんが「日々、外来種との戦いですよ。」とひとこと。小笠原固有の昆虫を食べてしまうグリーンアノールやオオヒキガエルも、島にはまだまだたくさんいるのだそうです。

(ツアーの送迎の車から降りて歩いていると、おそらく轢かれて死んだと思われるオオヒキガエルの死体が点々と。両生類は、本来なら小笠原のような海洋島にはなかなか辿りつけない生き物たち)

イルカ・ウオッチングの帰り、ボートを操縦しながらガイドさんがふと陸を指さし「父島固有のチチジマカタマイマイは、今ではもうあの辺にしかいないそうですよ」と説明してくれました。

そこは、海からほぼ垂直に切り立った岬の崖の上の森。人が住むエリアからいちばん離れた、父島の南東の端です。

こんな絶海の孤島のような場所にまで外来種は入り込み、この島に適応し何百万年もかけて進化を遂げてきた固有種をわずか10数年で絶滅に追いやっているという事実を、改めて感じました。おそらくは人間ですら意図せず持ち込んでしまった小さなプラナリア(きっと、最初はほんの数匹だったのでしょう)が、いまでは人間の手でも駆除できないほど島に広まっている、ということも。
その事実を知ったからといって、残念ながらぼくに何ができるわけでもない。だけど、知らずに東京へ帰るよりはずっとマシだったのではないかと思います。

父島のカタマイマイたちにとって、この丘の上の森が「最後の楽園」なのでしょう。ガイドさんのひとことがなければなんの変哲もない島の風景だったはずのその岬を、船の上からずっと眺め続けました。

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